腰痛治った父さん、腰痛治らなかった父さん
2016-04-11 腰痛
ふたりの腰痛父さん
私にはふたりの父さんがいる。腰痛が治った父と腰痛が治らなかった父だ。ふたりとも良く働いていたが腰痛で困っていた。でも、ひとりの父は死ぬときまで腰痛で困っていた。もうひとりの父は腰痛を克服し、幸せな人生を送った。この父は無駄な医療費がかからなかった為、家族に大きな財産を残すことが出来た。もういっぽうの父が残したのは借金だけだった。老後の多くの医療費と介護費がかかったためである。
腰痛を治すのは誰
このふたりの腰痛が治った父親とそうでない父親から全く違った教育を受けた。僕が小さかったころ、あとで腰痛が治った父はまだ腰痛が治っていなかったし、一生腰痛が治らなかった父もそれほどひどい腰痛でもなかった。両方とも若く家族を養うためのお金を稼ぐのに一生懸命だった。
僕にはふたりの父親がいたおかげで両方からたくさんの事を教わることが出来た。そして、それぞれの父親からの教えについて考えなければならなかったし、そうするうちに人の考え方が人生に及ぼす影響についても考えさせられた。
例えばこんなふうだ。片方の父は「腰痛を治すのは自分ではなく治療家だ!」というのに対して、もう片方の父は「腰痛を治すのは自分であって治療家は腰痛を治す協力者だ!」と言った。そう、このふたりの父親は全く違った考え方をした。
片方の父は「健康保険は安くて得だ!」というのに対して、もう片方の父は「健康保険は安いから損だ。高くてもちゃんと治る自費治療の方が得だ!」と言った。
片方の父が「治療時間は長いほうがいい」というのに対して、もう片方の父は「身体に負担がかかるので治療時間は短いほうがいい」と言った。
片方が「治療に通う時間もお金も無い!」と言うのに対して、片方は「どうすれば治療に通う時間とお金を作ろうか?」と言った。
片方の父は「子供にひもじい思いをさせてまで腰痛治療にお金をかけたくない」と言ったのに対し、もう片方の父は「子供の将来のためにもお金がかかっても腰痛を治したい」と言った。
考え方を変えれば腰痛は治る
この強力なふたりの父親に教わったおかげで、全く違ったふたつの考え方が人生に及ぼす影響を目の当たりにすることができた。そして、人の思考が本当に腰痛を治すことを知った。
例えば、腰痛が治らなかった父は「治療しても腰痛が少しずつしか治らない」と言うのに対して、腰痛が治った父は「治療のおかげで少しずつではあるが治ってきている」と言った。
片方の父は「どうせ腰痛なんて治らない」と言うのに対して、片方の父は「絶対に腰痛を治してみせる」と言った。
僕は幼くて人の思考を推し量ることは出来ないけれど、自分が何を考えどう行動するかがいかに大切かかは理解できた。腰痛が治らない父が腰痛なのは治療の良し悪しだけではなく、考え方や行動が原因だと僕は気がついた。実際、腰痛が治らなかった父にもそれなりの痛みの軽減はあった。ふたりの全く違った父親がいたおかげで、ふたつのどちらの考え方を選ぶかがとても大事かと強く思うようになった。いったい僕はどっちの考え方をきいたらいいんだろう?腰痛を治した父さんか、それとも腰痛が治らなかった父さんか…。
私が9歳になったとき、腰痛に関しては腰痛を治した父さんのアドバイスを聞くことにした。それは、もう一方の腰痛が治らなかった父さんには耳を傾けないことを意味した。実は、それが本当の父さんだったけれど。
あなたはどちらを選びますか?
ずいぶんと昔、森の奥深くで道が2つに分かれていた。そして私は足跡の無いほうを選んだ。その決心が、その後どれほど大きな違いになったことか〔ロバート・フロスト1916年〕
もし、あなた今までと同じ治療を受けていても良くならないのであれば、違う治療法を選ぶべきです。